アトリエIMA プロフィール

アトリエIMA プロフィール
目次

アトリエIMA(アトリエ イマ)プロフィール

イラストレーター山田真由美

1973年 青森市生まれ 東京都在住

イラストレーター兼デザイナー アトリエIMAは屋号です

 

スキル

在宅ワーカー歴

16年(イラスト&デザイン)会社員をしながらの兼業時代も含む

パソコンスキル

  • Adobe Illustrator歴 20年 ★★★★☆
  • Adobe Photoshop歴 20年 ★★★★☆
  • WordPress歴 8か月 ★★☆☆☆ (このサイトは自作です)

その他、時代とともにすたれたスキルも多々…

ただいま勉強中・研究中

  • Webライティング
  • HTML5
  • CSS Flexible Box Layout
  • CSSグリッドレイアウト
  • JavaScript
  • WordPressカスタマイズ
  • Sketch
  • インフォグラフィックス
  • iPad用のドローイングApp全般研究
  • カリグラフィー(モダン、クラシック、筆)などアナログな作業

こんなお仕事がしたいです

イラストがあることによって、物事の理解が深まったり、楽しさがアップするようなお仕事を目指しています。

  • イラストマップ
  • イラストルポ
  • インフォグラフィックス

こんな方とお仕事できたらうれしいです

記事作成

  • 取材に実際に行って記事を書くことをモットーにしています。
  • 独特でクセのある文章が気になる方。ご連絡ください。

イラスト

  • 私の絵柄を気に入って下さる方⇒はりきってお仕事します。なによりの報酬です!
  • …とは言え、テイストに多少の幅がありますので、可能な範囲でご要望に沿うように対応しております。

もうしわけございません。
劇画調、美少女アニメ調のイラストは、がんばっても描けません。

デザイン

  • 大きいデザイン事務所にお仕事を依頼するのは気が引ける方
  • 予算は、あまりないけれども、自分で作るのは難しくてお困りの方
  • 個人商店や起業したての方で、何か必要だけれども、どうしたいいのか困っている・開店準備等でお忙しい方
  • 印刷屋さんとのやりとりがわからない、または、面倒だという方

予算がないから、自分で作る派だった方も、一度ご相談ください。
ご予算に応じて作業フローからの見直しなどを行いお役に立てるようがんばります。

WordPress

  • WordPressで使う画像が欲しい方(サイズ、色合い調整、各種合成、カスタマイズなど)
  • WordPress修行させて下さる方⇒勉強中のひよっこなので、経験を積ませてやろうという奇特な方

WordPressは、目下勉強中の身です。実績積ませてください。

こんなイラストが得意です

このようなイラストを制作しています

テイスト

  • ほんわかとしたデジタルイラスト
  • カラフルで楽しい
  • 固すぎない程度にまじめ

ジャンル

  • インフォグラフィックス(ニュースなど、世の中のわかりにくいを図解したい 最優先で取組中)
  • 子ども向けイラスト(児童書 教材系 付録 文房具)
  • 女性向けイラスト(美容系 生活感のあるもの)
  • 実用イラスト(SNSアイコン 各種素材イラスト 説明図)

ほかにこんなお仕事もしています

  • DTP(チラシ・カード・パンフレットなど。版下製作から、入稿代行まで)
  • 名刺作成(テンプレートでは不可能だった、細部にわたるまで、ご希望通りのオリジナル名刺)
  • ロゴ作成(店名、社名、チーム名、商品名など)

資格

色彩能力検定2級・DTPエキスパート

興味のあること・趣味

趣味や興味を活かしてイラストルポライターの仕事をはじめました。

 

  • 落語鑑賞(春風亭一之輔、柳家花緑、柳家喬太郎のファン 最近古典落語もいいなと思いはじめました)
  • 美術館、博物館巡り
  • 建築物やショールーム、家具屋巡り DIY
  • 手芸(ミシン、布が好き)
  • 文化的な散歩(スタンプラリー 御朱印集め テーマを決めての街歩き)
  • 街の看板、標識や気になるマークの写真を収集すること
  • 旅行(とくに東南アジアが好き)
  • ペットは9匹のメダカ(その名もメダカーズ)

わたしはこうして生きてきた~漂流の歴史

ざっくり版

美大進学➡設計事務所➡広告代理店➡デザイン事務➡WEB制作会社➡漫画家アシスタント➡フリーランス(ライターしながら絵を描くブロガー)

ひとことで言うと、超回り道している一本気な専門バカだと思っていたけど、案外色々できるんじゃないかと思いはじめた今日この頃。

詳しく版

子ども時代は絵ばっかり描いていて、親にも呆れられました。小学校の卒業文集に『将来の夢はイラストレーター』と書きました。

中・高と美術部で放課後は、近所の画家さんのアトリエに押しかけてデッサンや油絵を勉強させてもらいました。

田舎で美術館もない環境だったので、文化的なものにはとても飢えていました。

 

どうしても諦められない夢がある人に向けて魂で書いた記事です。よかったら読んでください。

 

1992年 学生時代は生活デザイン科で暮らしにまつわるデザインを学ぶ。

木工 金工 陶芸 店舗デザイン 住宅設計などを広く学びました。

色彩学と建築の授業がいちばんおもしろかったです。

学生時代のアルバイトは、設計事務のアシスタントや、模型の制作会社で博物館用の展示物を作っていました。

映画を見たり美術館に行きまくったり、上京した喜び爆発の学生時代でした。


1994年 卒業後、設計事務所に勤務

卒業後、絵だけで食べていく決意ができなかったので、ともかく就職をしました。

建築も面白かったので、なんとなくイラストレーターになるという夢は、棚上げになりました。

東京の一人暮らしは、エキサイティングでした。

木造注文住宅の図面を手書きで作成(CADは使えません)
建築確認申請/住宅模型製作(顧客説明用)/一般事務(電話対応、経費の記帳など)/住民合意による街づくり活動にかかわる(公共施設、公園など)/行政の街歩きイラストマップやチラシのイラストを担当/建築系の雑誌やムック本に載せる図版を制作

1995年 阪神淡路大震災の調査で神戸へ。倒壊した木造住宅を目の当たりに。

実務のかたわら、二級建築士の勉強をしていました。そんな中、阪神淡路大震災が起こります。

構造力学が苦手でした。ある意味で設計の仕事は、命に関わる仕事です。

このまま建築をやっていいのか完全自信喪失しましたし、人としても自分に自信が全く無くなった時期です。

思い起こせば、自信を持って作業していたのは図版作成くらいだと気が付きました。


1996年 方向転換 広告代理店の社内イラストレーターとして勤務

広告用のカットイラストを担当(手描き)/雑誌出向用の広告デザイン(版下制作)/校正作業/営業マンに同行して顧客にデザイン面でのサポート/一般事務(電話対応、伝票整理)

グラフィックデザインを独学しながら仕事をする。本当に何も知らないところからのスタートをしました。

無知すぎて毎日の仕事は、辛かったけれど、グラフィックに転向する決意は固かったです。

イラストレーターとして入社しましたが、実際はなんでもやる環境でした。

版下からDTP化の流れが止まらない中、DTPも学びはじめました。ボーナスは、ほとんど学ぶために使っていたと思います。

これは、高校の頃に絵を教えてくれた画家さんからの受け売りですが、若い頃はお金は溜めないで自己投資しなさいということを守っていました。物事の価値決定をする基準として、若くない今でも大切にしている言葉です。


1998年 デザイン事務所に転職 DTPを始める

アナログではなくDTPで仕事をするため、転職しました。
デジタルと版下の半々で仕事するという、ちょうどDTPの移行期だったので、何事も新鮮でおもしろかったです。

今はもう開かない箱って感じのMacですが、この頃は自分でMacを改造したり出来る時代だったので、結構オタク的にいじっていました。事務所のMacも改造していました。今思うと懐かしい時代です。今から考えたら、のんびりしたもんでした。

 

スライドショーには JavaScript が必要です。

新聞折込用チラシ/イベント用販促物/社員用手帳/フリーペーパー/DM

数年後、社長がご病気になり会社が閉鎖になりました。またもや身の振り方を考え直す時期が来ました。
この頃、PR活動の予算をチラシからWEBに移行したいと言われることが増えていたので、次はWEBを目指すべきだろうなと思いました。


2004年 WEB制作会社のデザイナーチームで働く

人生の転機とともにWEBの知識ゼロで入社しました。運がよかったとしかいえませんが、インターン的な感じの募集で拾ってもらえました。

この頃は紙媒体から流れてきたデザイナーさんがたくさん同僚にいました。エンジニアとデザイナーの完全分業の制作会社だったので、知識ゼロでもなんとかやっていけました。時期としては、わたしのような人間でもWEB業界に入りやすかったギリギリの時期だと思います。

定時の勤務時間後、会社が経営しているWEBデザインのスクールに通い、HTMLやDreamweaverなどを一から学びながらの勤務。
お給料をいただきながら勉強できて大変ありがたかったし、しっかり生活を立て直せたので感謝しかありません。

時代的にFlashが流行りで、こってりと作りこんだサイトを作ったりしていました。

まだ、スマホ出現前だったので、当時はレスポンシブデザインという概念はなかったように思います。

WEBサイトのデザイン/キャンペーンサイト/サイト内で使用するイラスト作成/バナー広告作成/Flashコンテンツの開発

また、副業でイラストレーターをはじめたのも この頃です。取り憑かれたように仕事をしていました。

パンフレット用イラスト/パズル誌イラスト/子ども向け雑誌の付録イラスト

などのお仕事を担当。独立する勇気がないまま、二足の草鞋にしがみついていました。


2007年 漫画家でイラストレーターの某先生のアシスタントとして勤務

副業の方のつながりで、アシスタントの声がかかり、第一線の仕事場で勉強したくて転職しました。お給料は下がり、さらに労働時間は増えましたが、経験を積みたかったのでがんばれました。

WEBの方は、デザイナーもCSS勉強しないとね という時代だったと思います。

今後のWEBの展開を考えると、このままWEB業界にいたら、今もう少しWEBの世界でも活躍できていたように思います。と同時にこの先イラストに絞っていなかったら、多分イラストレーターとしては現在、仕事をしていなかったとも思います。

今思うと転職の時期的にも、現在のWEBの知識がまるで、からっぽ状態なのもうなずけるのですが、わたしのターニングポイントだったんだと思います。

どちらがよかったのかは、今後の自分の頑張り次第で変わってくると思います。

漫画家アシスタントの仕事内容

原稿の仕上げ作業のアシスタント(週刊漫画の原稿、カレンダー、書籍、広告に使用するイラスト)

キャラクターの洋服のカラーデザイン/手描き原稿をデジタル化して、デジタル着彩(Photosop)/先生の個展用の展示物制作のお手伝い/一般事務(電話対応、経費の管理、お茶出し)

絵の仕事で、常時7名ほどのアシスタントが養えるような、仕事の何たるかを知りました。トッププレーヤーの世界には完全に目がくらみました。

驚異的なこだわりと、物事に対する深掘り、一切妥協しないことを学びました。

絵にはストーリーが必要だということや、自分自身の生活や内面が絵の中には全部出るんだというという覚悟と姿勢で日々生きることの重要性を学びました。


2009年 出産を機に、完全在宅ワーカーとなりました。

出産の前夜まで、普通に自宅で仕事をしていた仕事中毒のわたし。

産後2週間で、絶対に断りたくないようなイラストの仕事が入り、すぐに仕事復帰しました。とはいえ、保育園には入れられなかったので、常に抱っこして育児をしながらの仕事復帰は今思うとかなりハードでした。

子育てしながら、少しペースを落とした仕事は、段々と受け身の姿勢になりました。

在宅ワーカーと発注者を結ぶサイトからお仕事をもらっていたのは、この時期です。それなりに仕事は続けられましたが、なんとなく魂が死んでいったような感じがします。機械のパーツになったような感覚の仕事のしかたでした。

収入を得るためだけに仕事をするのは、辛いなと思いました。甘い考えかもしれませんが、心が伴わない「作業」のような仕事に価値を見いだすのが難しいと思いました。

 

熱い気持ちで仕事をしなくなると、成長は止まりました。ダメな時期だったとしかいいようがありません。

自分では、こんなに停滞時期が長くなるとは、思ってもみませんでした。スランプとも無縁だと思っていました。

一時期は、こんなにも夢中になって追いかけている夢を諦めることも考えてしまった時期です。とはいえ、他にやりたいことがあった訳でもありません。

 

一方で、子どもを持ったことでわたしは大人になったと思います。子どもと大人は対義語です。

子どもがいると耐えることを学びます。なんでも思うとおりに自由に生きてきたことに対して、自分に足りなかったものを補足するような時間だったんだと思います。

2018年 わたしは心機一転、再起動をしました

ほとんど引きこもりに近かったわたしも流石に、ダメダメながらもなんとか現場打破しようと思いはじめた年でした。

何度かあった人生の転機の節目だと思います。

 

仕事のモチベーションをどう上げていくか、もがいている中で、新しい価値観や様々な仕事の仕方に出会いました。

新しい挑戦する中での学びもありました。

外に出かけて積極的にたくさんの人と会ったり、新しい体験をする中で、気づきや学びが多くありました。

 

また、命に関わるような困難に対峙しても静かに立ち向かう人にもお会いしました。

たゆまない努力を地道に継続できる人にも出会いました。

諦めない強さを身につけた人にも出会えました。

人の優しさに甘えてはいけませんが、どうしても自分で立ち上がれなかった時に、そっと手を貸してくださった方がいました。

挑戦しようという私に、チャンスを与えてくれた方々には感謝しています。わたしもいつか誰かにお返ししたいです。

損得勘定抜きで人に貢献できる尊い価値観にも出会えました。見習いたいと思います。

人生を変えたすごい本のワンフレーズや記事にも出会いました。私もいつかそういう文章を書いてみたいです。

 

出会った多くの方々との対話の中での気づきによって、わたしは完全に覚醒したと思います。そして動きはじめました。

わたしの人生は、失敗の方が多いんです。とはいえ、まだ成功もしていません。

でも、だから何って思います。一番ダメなのは、歩くのをやめることです。

とにかく歩いてみる。これからもバカなまま、子供のように仕事に夢中になって、ゴールは考えないで歩きます。

大人になっても、生涯学び続け、夢を持って生きる、自分に正直に生きるそんな自分でいたいと思います。

フリーになってからのお仕事一例です。

児童書やムック本の挿絵制作/WEBサイト用イラスト/スマホゲーム用イラスト/キャラクターデザイン/名刺/ロゴ/パンフレット制作/イラストルポ/ WEBライティング

【おまけ】どうしてこの屋号になったのか

アトリエIMAという屋号にこめられた思いについて書いていきます(雑談です。暇な方向け)

ペンネーム問題

そもそも、なぜペンネームが必要かという話です。

本名のままだと、すでにご活躍されているクリエーターの方がいらっしゃったので、
恩師に相談したところ、ペンネームを使うことを勧められたという経緯があります。
慣習として、有名無名を問わず、先に名前を出したものが優先というルールがあるようです。

芸能人の方のように顔出しする機会もあまりありませんから、
お仕事上で混同されるようなことは、失礼にあたりますから同じ名前は避ける必要がありました。

とはいえ、どんな名前にしたらいいのか

フリーのイラストレータとして駆け出しの頃、今は亡き恩師でもあるイラストレータ-の方にicemammyというペンネームを命名していただきました。
実績もないのに、ペンネームなど気恥ずかしさがありましたがこうして、第一歩を踏み出したのでした。

しかしながら、どうしても恥ずかしさが拭い去れず、仕事上で「イラストレーターの○○(本名)です」と言いがちでしたが。

開業届を出すにあたり…

開業届を出す際、屋号を決めなければなりません。みなさん、どのように決めていらっしゃるのでしょうか。

○○商店みたいな感じだったら、簡単ですが。

考え抜いた末に「アトリエIMA」という屋号に決めました。
個人なので○○デザイン事務所とつけるような規模ではないし、色々と取り組みたいことがあるので、解釈に幅があるアトリエを採用。

IMAの部分には、今現在の今とリビング(居間)で仕事をしていることそして、ペンネームのicemammyからエッセンスを取りました。
小さい商いですが、心を込めてお仕事して行こうという想いを詰め込んでいます。

ペンネームを語ることは、あまりなくなってしまいましたが、恩師からいただいた大切な第二の名前です。
どこかに記憶を刻みたかったということもあります。

今この瞬間を生きていることに感謝を忘れないようにしたいと思います。

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